最高裁判所第三小法廷 昭和60年(オ)1529号 判決 1990年4月17日
上告人
向陽マンション株式会社
右代表者代表取締役
簡東緒
右訴訟代理人弁護士
齋藤勉
被上告人
游淑英
右訴訟代理人弁護士
田中峯子
野島達雄
主文
一 原判決中被上告人が上告人の代表取締役の地位にあることの確認及び簡東緒が上告人の代表取締役の地位にないことの確認を求める請求に係る部分を破棄し、右部分につき本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。
二 原判決中被上告人が上告人の取締役の地位にあることの確認を求める請求に係る部分に関する本件上告を棄却する。
三 その余の本件上告を却下する。
四 前二項に関する上告費用は上告人の負担とする。
理由
一上告代理人齋藤勉の上告理由第一点及び第二点について
1 原審が確定した事実関係は、次のとおりである。
(一) 上告人の発行済株式総数は四〇〇〇株であり、これを被上告人と簡東緒が各二〇〇〇株保有している。
(二) 昭和四九年六月三〇日当時、上告人の取締役には被上告人、簡東緒、簡信義及び簡徳和の四名が、代表取締役には被上告人が、それぞれ就任していた。
(三) 被上告人が昭和四九年七月一日取締役を辞任した旨の辞任届及び上告人の同日付臨時株主総会において簡美恵をその後任取締役に選任する旨の決議がされ、上告人の同日付け取締役会において簡東緒を代表取締役に選任する旨の決議がされたとする各議事録が存し、同月五日、上告人の商業登記簿に「同月一日付けをもって、被上告人が取締役及び代表取締役を辞任し、簡美恵が取締役に就任し、簡東緒が代表取締役に就任した」旨の登記がされているが、実際には、被上告人が取締役を辞任した事実はなく、また、右株主総会及び取締役会は開催されておらず、右各決議が存在するものということはできない。
(四) 上告人の商業登記簿には、昭和五九年一月三一日簡東緒、簡徳和及び簡美恵の三名が取締役に就任し、簡東緒が代表取締役に就任した旨の登記がされている。
(五) 簡東緒及び簡徳和は、被上告人が昭和四九年七月一日に上告人の取締役を辞任した事実はなく、同日付けの臨時株主総会及び取締役会における前記各決議も存在しないとする被上告人の主張が本件訴訟において認められた場合に備え、同年六月三〇日当時上告人の取締役に選任されていた者により改めて取締役会を開催した上、被上告人を代表取締役から解任して新たに代表取締役を選任すべく、これを議題とする取締役会の招集を被上告人に請求したところ、被上告人は、これに応じ、昭和六〇年一月二四日簡東緒及び簡徳和に対し取締役会招集通知を発した。
(六) 右通知に基づき、同月三〇日、簡東緒、簡徳和及び被上告人が参集して上告人の取締役会が開催され、被上告人を上告人の代表取締役から解任し、簡東緒を代表取締役に選任する旨の決議がされた。
2 上告人は、被上告人が上告人の取締役を辞任した事実がなく、前記昭和四九年七月一日付けの各決議が存在しないとしても、昭和六〇年一月三〇日に開催された取締役会において、被上告人を代表取締役から解任し、簡東緒を代表取締役に選任する旨の決議がされたから、被上告人の本件請求のうち、被上告人が上告人の代表取締役の地位にあることの確認及び簡東緒が上告人の代表取締役の地位にないことの確認を求める請求は理由がないと主張した。
3 原審は、前記事実関係のもとにおいて、昭和六〇年一月三〇日当時における上告人の取締役は、商業登記簿に記載された簡東緒、簡徳和及び簡美恵の三名であることを理由に、同日に開催されたとする上告人主張の取締役会は、上告人の取締役会ということはできず、右取締役会の決議は存在しないと解すべきであると判断して、上告人の右主張を排斥し、被上告人の右請求を認容した。
4 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
すなわち、記録中の上告人の定款によると、上告人の取締役の任期は二年、員数は五人以内と定められていることが、また、同じくその商業登記簿によると、昭和四九年六月三〇日当時上告人の取締役又は代表取締役に就任していた者は、いずれも、昭和四七年一二月二五日に選任(重任)されたものであることが窺われるところ、前記事実関係によれば、被上告人が上告人の取締役を辞任した事実はないというのであるから、被上告人はその任期が満了する昭和四九年一二月二五日まで上告人の取締役たる地位を有していたものというべきところ、同日の経過をもって、被上告人のみならず、簡東緒、簡信義及び簡徳和の三名の任期も満了するから、上告人は商法二五五条に定める取締役の員数を欠くことになり、したがって、同法二五八条一項に基づき、右四名は、新たに選任された取締役が就職するまで、引き続き上告人の取締役としての権利義務を有するものといわなければならず、また、同法二六一条三項、二五八条一項に基づき、被上告人は、同様に、引き続き代表取締役としての権利義務を有するものといわなければならない。
もっとも、上告人の商業登記簿上は、昭和五九年一月三一日に新たに簡東緒、簡徳和及び簡美恵の三名が取締役に選任された旨の登記がされていることは原審が確定したところであり、また、記録中の上告人の商業登記簿によると、その前の昭和五三年五月二五日、昭和五六年一月三一日にも新たに取締役が選任された旨の登記がされていることが窺われる。しかし、昭和四九年七月一日付けの株主総会における簡美恵を取締役に選任する旨の決議が存在するものとはいえないことは前記のとおりであるところ、このように取締役を選任する旨の株主総会の決議が存在するものとはいえない場合においては、当該取締役によって構成される取締役会は正当な取締役会とはいえず、かつ、その取締役会で選任された代表取締役も正当に選任されたものではなく(ちなみに、本件においては、簡東緒を代表取締役に選任する旨の昭和四九年七月一日付けの上告人の取締役会の決議自体存在しなことは、原審が確定しているところである。)、株主総会の招集権限を有しないから、このような取締役会の招集決定に基づき、このような代表取締役が招集した株主総会において新たに取締役を選任する旨の決議がされたとしても、その決議は、いわゆる全員出席総会においてされたなど特段の事情がない限り(最高裁昭和五八年(オ)第一五六七号同六〇年一二月二〇日第二小法廷判決・民集三九巻八号一八六九頁参照)、法律上存在しないものといわざるを得ない。したがって、この瑕疵が継続する限り、以後の株主総会において新たに取締役を選任することはできないものと解される。そして、本件においては、このような特段の事情についての主張立証はない。
してみると、昭和六〇年一月三〇日当時、被上告人、簡東緒、簡徳和及び簡信義の四名は、商法二五八条一項に基づき、上告人の取締役としての権利義務を有していたものであり、このうち被上告人、簡東緒及び簡徳和の三名によって同日開催された取締役会における、被上告人を上告人の代表取締役から解任し、簡東緒を代表取締役に選任する旨の前記決議は、招集通知を欠いた簡信義が出席してもなお決議の結果に影響を及ぼさないと認めるべき特段の事情がある場合には有効と解すべきものである(最高裁昭和四三年(オ)第一一四四号同四四年一二月二日第三小法廷判決・民集二三巻一二号二三九六頁参照)から、この場合にあっては、被上告人は、上告人の取締役としての権利義務は依然として有するものの、代表取締役としての権利義務は消滅し、簡東緒が代表取締役たる地位を取得したものといわなければならない。したがって、昭和六〇年一月三〇日の時点においては被上告人、簡東緒、簡信義及び簡徳和の四名が上告人の取締役であるとはいえないことを理由に、同日開催された取締役会における前記決議は存在しないものと解し、被上告人が上告人の代表取締役の地位にあることの確認及び簡東緒が上告人の代表取締役の地位にないことの確認を求める被上告人の請求を認容すべきものとした原判決には、法令の解釈適用を誤り、ひいては審理不尽の違法があるものというべきであり、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は、以上の趣旨をいうものとして理由があり、原判決中右請求に係る部分は、破棄を免れない。そして、右部分については、昭和六〇年一月三〇日開催の取締役会の決議の効力につき更に審理を尽くさせる必要があるから、これを原審に差し戻すべきである。
二同第三点について
被上告人は、商法二五八条一項に基づき、任期満了後も引き続き取締役としての権利義務を有するものと解されることは、前示のとおりである。しかして、記録によれば、被上告人は、右任期満了後に、被上告人が上告人の取締役の地位にあることの確認請求を含む本件訴訟を提起したものであることは明らかであるところ、このような場合には、右請求は、同項に基づく取締役の権利義務を有する者としての地位の確認を求める趣旨のものと解するのが相当であるから、被上告人が任期満了により取締役を退任したものであるか否かについて釈明を求めなかった原審の措置に違法はない。論旨は、採用することができない。
三なお、上告人は、原判決中その余の請求に係る部分については、上告理由を記載した書面を提出しない。
四よって、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条、三九九条、三九九条の三、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官貞家克己 裁判官安岡満彦 裁判官坂上壽夫 裁判官園部逸夫)
上告代理人齋藤勉の上告理由
原判決は第一審判決第一項中の「被上告人が上告人会社の取締役及び代表取締役の地位にあることを確認する。」、同第五項中の「訴外簡東緒が被上告人会社の代表取締役たる地位をそれぞれ有しないことを確認する。」との部分をそれぞれ認容し、この点に関する控訴を棄却している。すなわち原判決は昭和六〇年一月三〇日に開催された上告人会社の取締役会は上告人会社の取締役ということはできず取締役会として不存在であるとし、その理由として右同日における上告人会社の取締役は登記済の取締役である簡東緒、簡徳和、簡美恵の三名であり、その以外には存在し得ないものといわなければならないとしている(原判決四丁乃至五丁)。
しかしながら、原判決の右判断は次に述べるように理由齟齬ないしは法令違背の違法があり破棄されるべきであると考える。
第一点 理由齟齬
本件はもともと被上告人の昭和四九年七月一日の上告人会社取締役辞任の意思表示の有無、有効性が争われているものであり、原審は右取締役の辞任(代表取締役の退任)は認められないとし、被上告人を現在においても上告人会社の代表取締役であるとしている。
そこで、代表取締役の地位確認の判決を単なる確認判決であるとするならば(この点については原審は触れていない)、原審において代表取締役であることを確認された被上告人は昭和六〇年一月三〇日においても代表取締役であったはずであり、原審が右同日における上告人会社の取締役は簡東緒、簡徳和、簡美恵の三名であり、それ以外にはありえないとする判断と明らかに矛盾する。
右同日被上告人が代表取締役であったとすれば右同日開催された取締役会も有効となり、被上告人の解任、決議も有効となる。この点において原審は破棄されるべきである。
第二点 法令違背
一、代表取締役の地位確認の判決の性質については、前述のように単なる確認判決かあるいは形成判決かという点、形成判決であるとしてその遡及効を認めるべきか否かという点については議論があるところであろう。
大審院並びに最高裁判所のこの点に関する直接の判例は寡聞にして知らないが、取締役選任の株主総会決議取消、無効、不存在確認の判決の効力に関する判例は遡及効を認め第三者に対して不測の損害を与えるような場合には判決の遡及効を否定しているように解せられる。
二、本件においては、訴外簡東緒(昭和六〇年一月時点での上告人会社の登記上の代表取締役)は本訴において被上告人の主張が採用され、被上告人の前記取締役の辞任が認められず被上告人が上告人会社の代表取締役であると判断される場合にそなえて被上告人を代表取締役から解任する取締役会を開催しようとし、その招集を上告人会社の代表取締役であると主張する被上告人に請求し、被上告人もこれに応じて取締役会を招集し、右取締役会において被上告人を代表取締役から解任する旨の決議がなされたものであり、この点に関する限り利害関係を有する第三者というものは存在する余地はなく、被上告人を上告人会社の代表取締役と認めた判決の効力を遡及させても第三者に不測の損害を与えることはありえない。
三、原審判決を矛盾なく理解しようとすれば、原審は代表取締役の地位確認の判決の性質を単なる確認判決ではなく形成判決とし、しかもその判決の効力は遡及しないとしたと理解せざるをえない。
そうだとすれば、原審は代表取締役の地位確認の判決の効力に関する法令(商法第二五二条等の準用)の解釈を誤ったものと考えられる。
第三点 法令違背
一、取締役の任期は二年を越えることはない(商法第二五六条第一項)。上告人会社の取締役の任期も二年である。
被上告人は昭和四七年二月一日に上告人会社の取締役に就任したものであるから、昭和四九年一月三一日には任期満了により退任している。
原審判決は昭和六〇年にもなって被上告人を上告人会社の取締役の地位にあることを確認しているが、これは商法第二五六条第一項の解釈を誤ったものである。なお、商法第二五八条第一項は退任したる取締役は新たに選任される取締役が就任するまではなお取締役の権利義務を有するとしているが、右は退任取締役の権利義務を有するとしているものであって、退任取締役がなお取締役の地位にあることを定めているものではない。
二、釈明権不行使の違法
上告人はこれまで任期満了による退任の主張はしていない。しかしながら、右主張が抗弁事由であるとしても、そのこと(二年という時間の経過)は裁判所としても明白な事実であるから、当然釈明すべきであり、これを釈明せずして原判決に及んだことは釈明権不行使の違法があるといわざるをえない。
結論
以上いずれにせよ原判決は違法であり破棄させるべきである。